ジャーナルJournal

Journal Vol.2

茂住 修身さん(書家:茂住菁邨【もずみ せいそん】)

「令和」が、すーっと国民に入っていった。
そこに、「筆の力」が少しだけ手伝ったんです。

2019年4月1日、菅 義偉官房長官が掲げた新元号「令和」の文字。これを書いた茂住修身さんは、古川町のご出身。今年3月まで内閣府に勤め、プライベートでは書家・茂住菁邨さんとして活動されています。現在は神奈川県にお住まいですが、郷土や古川祭を愛する気持ちに溢れています。

「令和」制作秘話

大学を卒業してから、国家公務員として内閣府で仕事をしています。部署の定員は2人。技能採用で、業務内容は「毛筆文書を書く」ことです。パソコンが普及した時代にこんな仕事があるなんて、ご存じないでしょう? でも、国民栄誉賞の賞状とか各府省庁の国務大臣の辞令など、私の部署だけで年間約15000枚もの毛筆文書が作られています。例えば内閣総理大臣の任命の辞令なら、菊の御紋が入った用紙を使って指示された内容を毛筆で書きます。その辞令書が天皇陛下のお手元に渡り、御名を記された後、御璽を押され交付されます。

昨年5月1日に元号が令和になりました。1か月前の4月1日に新元号が決まり、菅 義偉官房長官が「令和」と書いた額を見せた会見がありましたね。その元号を墨書する仕事が、私に回ってきました。
実はあの「令和」、見る人が見たら、活字どおりの字ではありません。かといって、私たちが普段書く字とも違うんです。どこが違っているか、わかりますか?
活字どおりで普段書く字と違うところは、「令」の字の下部分。一般的にはカタカナの「マ」を書きます。でも元号のときには活字どおりにという指示があったので、「カギ+縦線」にしました。逆に活字どおりにしなかったところがあります。それは「令」の字の三画目。活字では「横線」ですが、私は「、(点)」にしました。そのほうが自然に見えるからです。
私たちの部署で作る文書というのは、書家としての自分の字を見てもらうわけではありません。だから、文書の目的や、受け取った方が見るシチュエーションに合わせ、読みやすさと目的を念頭において筆をとります。

「令和」の場合は、新元号のお披露目が目的です。活字の印刷文字ではなく、あえて筆の文字になったのは、平成の改元の時を踏襲したからです。「令和」の文字が印刷した活字だったら、「これが自分たちの使う新しい元号だ」とどれくらいの人が受け入れられたでしょうか。
元号は議論を重ねて練られたものですから、当然国民に受け入れられやすいものが選ばれているわけですが、字を見せて多くの人にすーっと入っていった、そこに多少なりとも筆の力が手伝ったと、私はそう感じています。書には力があり、温かみがあるからです。

さて、そんな令和の制作にあたり、「緊張したか」とよく質問を受けます。「内閣改造のときなどのほうが時間制限も厳しく、緊張する」というのが本音ですが、まったく緊張しなかったといえば嘘になります。前日は家で5時間墨をすって十分な墨汁を用意し、当日は早めに現場に向かい、何分ほどで乾くか試し書きをするなど、できる準備はすべてやって挑みました。「令和」の連絡がきてから、複数枚書いて、結果的にいただいていた時間よりずっと早く仕上げることができました。
冷静に考えても、たった二文字ですし、自分の落款を押す作品でもなく、私は黒子なわけですから、さほど大変な作業ではないんです。でも、書くときにしっくりくる高さを模索したことも書いた字も覚えているのに、立って書いたのか、座って書いたのか、まったく記憶がない。周囲に聞いたら、靴を脱いで中腰で書いていたようです。そう考えると、やっぱり緊張していたんでしょうね。
会見後、菅官房長官にお目にかかった際に、字の評価が聞きたくて「どうでした?」とうかがったら、「ごめんね。まだ見てないんだよ」との返事。官房長官も、あの日は額を受け取って、みなさんに見せることに集中していたわけです。それを聞いて、緊張しながらも自分の仕事を全うしたのは自分だけではなかったのだと、なんだかほっとしたのを覚えています。

古川で見られる作品について
書家・茂住 菁邨としての作品が展示されています。

東京で仕事をしていますけど、故郷が好きなんです。自分を育ててもらった大切な場所だと思ってます。

だから、昔から展覧会などで大きな作品に挑んだときには、なるべく故郷に寄贈するようにしてきました。もちろん、お世話になった方から頼まれて書いたものもあります。古川町内にも作品が見られる場所があり、市がマップを作ってくれています。

例えば、蒲酒造さん。年始に発売するお酒のラベル用の字を毎年書いているご縁で、家訓も書かせていただきました。旅館・八ツ三館や無水亭にも寄贈しています。
実はまつり会館にも、「平成の屋台」の展示を作るときに依頼されて寄贈した作品があり、しばらく眠っていたんですが、今回のリニューアルを機に、額に入れて飾ってもらうことになりました。
作品は自分の子どもと一緒ですから、見ていただけるのは嬉しいことです。「令和」の字とは違う、書家としての作品をぜひご覧になってください。

郷土のおすすめ
「蒸し寿司」と「年取り・氷見のブリ」は特別なもの。

郷土料理の思い出は、ひとつは「蒸し寿司」ですね。蒸して温かいバラ寿司のようなもので、冬の我が家のご馳走でした。もう一つは、大晦日の年越しに食べる「富山の寒ブリ」。飛騨に近い富山県の氷見でとれたブリは高級魚ですけど、出世魚でもある。だから飛騨地方では年越しに塩焼きにして食べる風習があります。切り身でも、東京ではなかなか見ないほど分厚く大きい切り身です。
古川って、雪深いし、そこまで裕福ではないんですけど、文化的には裕福だと思うんです。いいものにはお金を出す。自然の恵みや米もお酒もあるので、食も豊か。小京都と呼ばれる所以は、そんなところにもあるのかもしれません。

ライター:干川美奈子 撮影:早坂直人[Y's C]

プロフィール
本名:茂住 修身(もずみ おさみ)/書家:茂住菁邨(もずみ せいそん)
飛騨市古川町出身。大東文化大学で書の魅力を知り、青山杉雨(文化勲章受章・日本芸術院会員)氏に師事。大学卒業後、内閣府大臣官房人事課・内閣官房総務官室 辞令専門職として新元号発表時の「令和」も制作。現在、大正大学客員教授、聖徳大学文学部・通信教育部 兼任講師も務める。
https://mozumi-seison.com/

【蒸し寿司が食べられる店】※別ウィンドウで開きます
花の家(はなのや)
千成寿司(せんなりずし)