Journal Vol.5
駒 侑記扶さん(ガラス美術館 駒)
祭りは古川が日本一。太鼓の上に成人男性が二人も乗る
祭りなんて、どこに行ったって無いんですから。
古川町で「駒小道具屋」と「ガラス美術館 駒」を営む駒 侑記扶さんは、故・土門拳さんや故・白洲雅子さんとも交流があったという、目利き古物商です。長年、古川祭保存会の副会長(会長代理)や全国山・鉾・屋台保存連合会の監事を務めます。
古川祭は1980年に国の重要無形民俗文化財になり、2016年には国内の33の地域の祭りとともに「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ無形文化遺産に登録されたのですが、これにはちょっとした裏話があります。
私は全国山・鉾・屋台保存連合会の監事を務めていますが、先に挙げた33の地域はこの連合会に所属しています。そもそもユネスコ無形文化遺産は、2009年に京都の「祇園祭の山鉾行事」と「日立風流物(ひたちふうりゅうもの)」が登録されて以降、埼玉県の秩父夜祭や岐阜県の高山祭もそれに続けと登録に向けて積極的に動いていました。ところが、海外から見て「日本の祭りはどこも同じ」ととらえられてしまったんです。そこで全国山・鉾・屋台保存連合会で相談して、地域に根差した山・鉾・屋台の祭りのある複数エリアをまとめることでアプローチしていこうということになり、古川祭もそこに加えてもらった経緯があります。ユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、海外にも古川祭が知られるようになりました。
一方、私が副会長を務める古川祭保存会の主な役割は、屋台や起し太鼓の修理です。太鼓は張替えがメインですが、屋台は彫刻、金具、絵画、織物など、匠の技が集約された貴重なものばかりで、修理に数千万円かかることもあります。湿度の変化や紫外線を受けることでも劣化は進みますから、保管方法、どこに修理を依頼すればいいか、補助金の工面など、各台組からの相談にのります。そうしたときに、全国山・鉾・屋台保存連合会で培ったネットワークは心強い存在です。
私はいま70代ですが、古川祭の時期が近付くと、変わらずウキウキしますね。毎年、祭り当日から終わりまで、夢を見ているような気さえします。美しくきらびやかな屋台と、天下の奇祭と称される起し太鼓。古川祭は静と動の相和です。私は高校卒業後に京都の古物商に修行に出て、独立してからは高山で古物商を営みましたから、祇園祭も高山祭も見たり、参加したりしています。二つとも素晴らしいお祭りですが、やっぱり私は古川の人間ですから、古川祭が日本一だと思っています。日本で唯一の起し太鼓もありますからね。櫓の上に大太鼓を載せて、その上に成人男性が2人も乗って、町内のみなさんを起こしに行く、そんな祭り、日本のどこにいってもない。そう思いませんか。
若い世代にも、祭りを心待ちにする子を増やしたいです。実は、数人ですが育ってきているんですよ。古川にある県立吉城高等学校の生徒さんで、外国人観光客の通訳といったボランティアをかってでてくれたりして、とても助かっています。
私は三光台のお囃子の指導にも長年関わっていて、いまも小・中学生に教えています。私が子どもの頃、三光台は女人禁制だったのですが、現在40代の私の娘が小学校5年生のときに「私も乗りたい」と言い出したんです。そこで町内で話し合って女の子もお囃子に参加できるように規約を変えてもらいました。最初は大反対に合いましたよ。でも少子高齢化が目に見えていましたし、私も腹を決めて「女の子の参加を認めなければ、私はお囃子の指導から下ります」とタンカをきって交渉しました。
楽器はとくに、女の子のほうが飲み込みの早いことが多いので、結果的に参加してもらえるようになって良かったと思っています。古川を若者が帰って来たくなる街にするのは、私たち世代の責任です。古川祭を愛する子どもたちが増えてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
ライター:干川美奈子 撮影:早坂直人[Y's C]
駒さんが収集する、豆ランプやウランガラスといった幕末から昭和初期のガラス製品を展示。建物も駒さんがデザインしており、木彫りのカンバンは手作り。通りを曲がった場所に駒小道具屋があり、こちらではガラス製品以外にも、陶器、家具、茶道具など、さまざまな骨董品を販売する。
岐阜県飛騨市古川町三之町1-17 電話0577-73-6550
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ガラス美術館 駒(飛騨市公式観光サイト)